2014/11/10

印象派二軍列伝 5:メアリー・カサット

名だたる大画家達を失礼千万にも二軍扱いしてきたこのタイトルもさすがにこのあたりになると許されるのではないだろうか。と言うのも本人がそう思っていたふしがあるからである。


アメリカ人女流画家であるメアリー・カサットは印象派絵画をアメリカに紹介する上で大きな貢献があった人である。当時のアメリカは文化的後進国であるという劣等感が強く、フランスの芸術に対して強烈な憧れを抱いていた。そんな中で元々ヨーロッパの伝統的価値観に縛られていないアメリカのブルジョワ達は、色彩鮮やかで雰囲気軽やかで主題が親しみやすいフランスの最先端アート、印象派絵画を熱狂的に受け入れた。これには自身が優れた画家で本場フランスでも活躍した「目利き」のカサットの役割も大きかったはずである。

そんなカサットは地元の美術学校でちょこっと学んで、フランスでピサロに師事した他はほぼ独学である。しかしその絵は実に正統的で個性よりまず上手さが際立っている。

『湯浴み』(1893年)

まずはもっとも有名な代表作から。この作品は古典的な技術と印象派の感性が高度に融合している。あえて言えばマネっぽい。印象派と言っても具体的な技法はそれぞれ様々であり、カサットもあらゆる画家からの影響が見られる。この作品はその集大成とも言える。

『髪を洗う女』(1890-1891年)

カサットはフランスでドガの絵に強く魅せられ、親しい友人になった。そしてあの高慢なドガが「お、女がこの線を描いただとぉおおおお!」と驚愕したのがこの作品である。これは版画作品であるために絵画とは趣が違うが 、すでに後のピカソやマティスの時代に片足を踏み込んでいる。印象派の画家達が日本の浮世絵に強く影響を受けたのは有名だが、カサットはその中でも最も上手く消化して自分の作品に生かしている。そしてその「消化能力」は絵画のあらゆる分野に及ぶ。

『バルコニーにて』(1873年)

どんどん時代をさかのぼってこれは初期の作品。カサットはイタリアとスペインにも滞在経験があり、これにはベラスケス、ゴヤ、ムリーニョといったスペイン画家の影響が見られる。人体の形態把握の的確さ、陰影効果の大胆さなど、まず古典・バロック的技術を完全に身に付けていることがよく分かる。

カサットはこの他にもいわゆる印象派的な絵を数多く描いている。彼女は精確な形態把握能力と繊細な色彩感覚、バランス感覚と柔軟性を兼ね備えていて、タッチを自在に操ることができた。「文化的後進国」からやってきたこの女流画家は、ひょっとすると「描く才能」においては印象派グループの中でも随一のものを持っていたのかもしれない。そして結果としては女性らしい母子画を中心とした作品群と、印象派大使としての功績を残すにとどまった。無論それは偉大な功績である。

マネ、モネ、ドガ、ルノワールといった「一軍」印象派画家達は芸術の世界にそれぞれ「解答例」を打ち立てたが、その陰に隠れた画家達も、そこに至るまでの美しい道筋を見せてくれている。この失礼な「二軍」シリーズを書いていてそんなことを思った。


印象派二軍列伝 1:フレデリック・バジール
印象派二軍列伝 2:カミーユ・ピサロ
印象派二軍列伝 3:アルフレッド・シスレー
印象派二軍列伝 4:ギュスターヴ・カイユボット
印象派二軍列伝 5:メアリー・カサット

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